日本の生活保護制度

2021年1月31日

菅首相が27日の参議院予算委員会で定額給付金をまた支給することは考えていないとしたうえで、「最終的には生活保護がある」と発言したことが物議をかもしている。様々なブログなどで指摘されたように、生活保護制度の現状には様々な問題があり、コロナショックの前から、生活困窮者の救済策として十分な成果を上げていない。保護を受ける前に家族や親族が助けるべきだという考えから、生活保護を申し込む人について家族や親族に問い合わせる「扶養照会」の仕組みが制度を使いにくくしているという指摘はその通りだし、生活保護を受けるためには自分の貯金も資産も、そして親族の助けもほぼすべてなくなったということを示さなければならないという問題も大きい。最近は政府も、生活保護の申請をためらわずにという発信を始めたが、それが実際どれだけ各地の福祉事務所の窓口まで徹底されているかは疑問視する声もある。

このように日本の生活保護制度には、なかなか認定されにくいという問題があるが、もう一つの問題はいったん生活保護を受けてしまうとそこから抜け出るのが難しいという問題がある。もちろん、二つの問題は関連している。生活保護を受ける時には、もう自分の力ではどうしようもない状態になっているわけだから、そこから再び自立するというのは困難になるわけである。

厚生労働省の被保護者調査の数字からこの問題を見てみたい。下の表は、平成30年度被保護者調査の集計表(年次推移統計表のn5とn6)から、いくつかの年度について各年度の被保護実人員数(年度平均)と次の年度の保護廃止人員数(年度累積)を書き抜いたものである。被保護人員数から保護廃止人員数を引いて、それを被保護人員数で割ると、それぞれの年度についてどれくらいの割合の人が生活保護に留まったかが計算できる。これが「滞留率」と示されているものである。この滞留率を100%から引いたものが、1年間で生活保護から抜け出す人の割合をしめすだいたいの数字になる。

年度被保護人員数保護廃止人員数滞留率(%)
19661,559,730451,83771.0%
19721,367,516412,59569.8%
19771,430,350366,70274.4%
19821,480,528358,72575.8%
19871,292,402274,45778.8%
1992933,419176,57781.1%
1997926,890185,05580.0%
20021,262,761224,89782.2%
20071,566,750211.45286.5%
20122,153,285270,83787.4%
20172,151,802250,93088.3%
出典:厚生労働省『平成30年度版被保護者調査』より筆者作成

滞留率が年を追うにつれて上昇して、最近では90%近くになっていることがわかる。つまり、生活保護から抜け出す人達の比率は年間12%程度にまで下がってきている。これは、平均12%の確率で生活保護から1年間で抜け出すとすると、抜け出すためには平均して8年以上かかるという計算になる。これはもちろん平均であって、なかには抜け出すのにもっと時間がかかる人もいることになる

年度保護廃止
世帯数
うち死亡
による廃止
(比率)
うち収入増加
による廃止
(比率)
2012177,26957,074
(32.2%)
29,690
(16.8%)
2014172,15560,540
(35.2%)
31,093
(18.1%)
2016171,00465,061
(38.1%)
30,511
(17.8%)
2018169,27970,268
(41.5%)
29,036
(17.2%)
出典:厚生労働省『被保護者調査』各年度版より著者作成

これらの数字から、今回のコロナショックのような大きな経済変動から人々の生活を守るセーフティネットとしてはあまり役に立っていないと言ってよいだろう。現在の生活保護は、本当に「最終的」なもので、回復不能な程度まで困窮しなければ使えない制度であり、いったん入ってしまうと、そこから死ぬ前に抜け出すのは困難になっているのである。負の所得税のような他の制度を考えるべきだろうと思う。

もっと問題なのは、生活保護からどう抜け出しているか、「保護廃止」の理由である。また働けるようになって収入が増えたという場合は、少数派に過ぎない。もっとも大きな理由は「死亡」である。すなわち、多くの人が死ぬまで生活保護に留まってしまうというのは現状なのである。次の表は、同じ被保護者調査から、年度別の保護廃止世帯数とその理由を示したものである。これは世帯が単位になっているので、人数を単位にする前の表とは数字が違っている。2018年度では保護廃止世帯のうち40%以上が、死亡によるものだったことがわかる。この比率はここ数年増加してきている。一方、収入増加によって生活保護から抜け出す世帯の比率は、全体の保護廃止世帯数の17%程度であることがわかる。

特別措置法と感染症法改正案の修正

2021年1月28日

今国会に出されている感染症法と新型コロナ対応の特別措置法の改正法案について、自民党と立憲民主党が修正に合意したという。焦点になっていたのは、入院勧告を拒否する人や保健所の調査を拒否した人への罰則、それに緊急事態宣言中に営業時間の短縮要請などに従わない事業者に対する罰則である。

感染症法改正について、もともとの政府案では、入院勧告を拒否した感染者については「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」、保健所の調査を拒否した人については「50万円以下の罰金」としていた。入院勧告拒否者に対しては、懲役を削除し、罰金は50万円以下、保健所調査の拒否者には30万円以下の過料にする、というのが修正案のようだ。

特別措置法については、もともとの政府案では、緊急事態宣言下で事業者が時短や休業要請に従わない場合は、50万円以下だったがこれを30万円以下の過料にする。まん延防止等重点措置の地域で都道府県知事が飲食店などに時短や休業を命令しても従わなかった場合の過料は政府案の30万円以下から20万円以下に下げたと報道されている。

以前、このブログでも考えたが、罰金や過料と協力金は符号が違うだけで経済的には同じ効果を持つし、要請に従わない飲食店には平均以上に困っているところが多いのだろうから、罰金を科すのではなく、協力金を増やす方が効果的で公平だろう。その意味で今回の修正は評価できると思う。

入院勧告を拒否した人についても、入院できないと考える深刻な経済的理由などがあるのだとすれば、そもそも感染症を蔓延させないように入院するということで社会的に貢献しているのだから、罰則でしばらずに協力金を払って入院してもらう、という考え方の方が公平だと言えるかもしれない。刑事罰を削除して、過料も減額したのは評価できると思う。

飲食店や感染者それぞれについて様々な事情があるから、そもそも同じ金額の協力金を払うのは効率的とは言えない。効率性まで考えると、排出権を設定して、それを取引可能にすることによって、温暖化効果ガスをコントロールする政策と同じように、緊急事態宣言下でも営業できる権利とか入院勧告を拒否できる権利とかを設定して、それを(たぶん所得のもともと低かった人たちに優先して)配布して、しかも取引できる市場を整備する、というような仕組みが理想的なのだろう。

今回の修正で、休業要請に従わない時のコストは(政府案に比べて)減ることになるから、休業要請の実効性は若干損なわれることになる。それを相殺して、政府案がねらったのと同じくらいの実効性を確保するためには、協力金を(少なくとも20万円以上)増やすことが必要になる。そのために、来年の予算案を修正するというのは、よい方法ではないだろうか。GoTo事業などを削減すれば、十分捻出できる程度の金額だろう。本当は第3次補正予算案で、GoTo事業費を削減すべきだったと思われるが、その予算案はどうも今晩参議院で可決される見通しである。

緊急事態宣言

2021年1月9日

新型コロナウィルス感染症緊急事態宣言が、1月7日、一都三県について再び発動された。政府のウェブサイトにしたがって、国民に求める主なポイントを整理すると次のようになる。

  • 昨年の4月のように、社会経済活動の全般的な自粛を求めるのではなく、感染リスクの高い場面に限った制限を加える。
  • 中心になるのは、飲食を伴う活動の制限。具体的には以下のような取り組み。
  1. 不要不急の外出や移動の自粛。特に20時以降。
  2. イベントには、人数の上限、収容率の上限、飲食の禁止など要件を設ける。
  3. 飲食店やカラオケボックスの営業時間の短縮(20時まで、酒類の提供は19時まで)。「協力金」引上げ(月30日換算120万円→180万円)。遊技場や大規模店舗についても同様の働きかけ(営業は20時まで、酒類の提供は19時まで。)
  4. 出勤者数の7割削減を目指したテレワーク、ローテンション勤務、時差通勤などの対策。20時以降の勤務抑制。
  5. 学校等については休校は要請しない。保育所や放課後児童クラブなどについても、開所を要請。ただし、部活動、懇親会などは制限。

また、新型コロナウィルス感染症対策の基本的対処方針も昨年5月25日以来改訂されて、上記の対策などが盛り込まれた。

主な対策を見ると、前回の緊急事態制限の時の経験から学んだことを活かそうという姿勢がみられて、これは評価できる。感染リスクの高い場面に限って制限を加えるという方向性は正しいと思う。ただし、感染者の数、重症者の数、医療体制の逼迫の状態などを考えると、現状は去年の4月に比べてより深刻だと言えるだろう。その意味では、昨年の4月に必要だった対策よりも強い対策が必要となる。昨年のような全般的な制限は加えないが、感染リスクが高いとわかった場面については、事態はより深刻なので去年よりも真剣に取り組む必要がある、というメッセージをより徹底することが重要ではないかと思う。事態の深刻さが理解されないと、出勤者数の7割削減とか不要不急の外出の自粛とかは、達成されない可能性が高い。

飲食店への「協力金」の引き上げは、より多くの飲食店が時短営業あるいは休業を選ぶために必要な対策だと思う。12月26日のブログで論じたように、要請に従わないところの多くは、時短営業によって失うものが多いところだろうから、罰則というよりも協力金の引き上げで対応する方が良いと思われる。そこでも協力金を増額しても、コロナ対策の他の出費に比べてそれほど大きくないことを指摘したが、昨日の日経ビジネスの記事には、興味深い計算が載っている。大和証券のアナリストの試算によると、1都3県の飲食店事業者の2ヶ月分の売上高を全額支給したとしても0.9兆円にしかならないという。Go To トラベルの予算は、第3次補正予算に盛り込まれたものだけでも1兆円あるのだから、それに比べれば飲食店の時短営業のための協力金を引き上げるのは、簡単に思われる。

保育園などを含めて、学校などの休校を要請しなかったのは、評価できると思う。1月4日のブログで、アメリカ経済学会のセッションのことを書いたが、そこでCaroline Hoxbyが言っていたように、休校の学生に与える長期的悪影響はそれほど大きくないかも知れないが、子供を持つ親(特に母親)に大きなコストを強いることになるからである。

「基本的対処方針」は、今回の対策まで含めて、いろいろとUpdateされているが、接触確認アプリについて、「スマートフォンを活用した接触確認アプリ(COCOA)について、検査の受診等保健所のサポートを早く受けられることやプライバシーに最大限配慮した仕組みであることを周知し、民間企業・団体等の幅広い協力を得て引き続き普及を促進する」とある。COCOAについては、野口悠紀雄氏が去年の8月に書いたように、数々の問題が指摘されていて、それらが改良された気配はない。ぼくの近親者も、昨年の秋にCOCOAに感染者との接触確認の知らせが届いたので、保健所に連絡しようとしたが、その日は土曜日で連絡が取れず、月曜日に電話すると、待たされたあげくに、症状がなければ検査は不要で行動制限もないと言われた。無症状の人が感染させることはない、という仮定なのだろう。(本当だろうか?)症状がある人は接触確認の連絡がなくても検査をしているだろうから、アプリは全く役に立っていないと言わざるを得ない。まさに野口氏が指摘するように「不安を煽るだけのアプリ」である。それが普及していないのは悪くないとさえ言えるかも知れない。このアプリは失敗だったことをもう認めるべきだろう。