骨太方針に向けて(2)

経済財政諮問会議で、骨太方針に向けた議論が本格化しているようだ。昨日の会議には、民間議員から、3つの資料が提出された。『「新たな日常」を支える地方行財政の実現に向けて』と題するもの、『強靭かつ柔軟、安心できる社会保障の構築と包摂的な社会の実現に向けて』というもの、そして『今後の経済財政運営における時間軸と重点課題』の3つである。骨太方針全体の骨子案も出ているが、これはまだ目次のみである。

3つの民間議員提出資料に共通しているのは、日本の様々な分野でデジタル・トランスフォーメーションが必要だという認識である。地方行政でも、医療制度でも、そして行政サービスを含めた社会全体でデジタル・トランスフォーメーションが必要だとする。コロナ感染症対策で、いままでの行政のデジタル化がまったく不十分だということが分かったので、当然のことだろう。

一方、5月29日の民間議員提出資料では含まれていたのに、今回の諸資料では、骨子案の目次も含めてまったく登場しないものもある。たとえば、EBPMの取組である。今回のコロナ感染症対策で不足が明らかになった分野なので、EBPMの取組は、デジタル・トランスフォーメーションとともに強調する必要があると思う。

「9月入学」案はなぜ死んだのか?

NHKの6月11日の記事は、4月の終わりから提唱されるようになり、一時は安倍首相も含めて積極的に考えられた「9月入学」案が、わずか一ヶ月で「見送り」されるようになった経緯を、自民党と文科省の動きを中心に簡潔にまとめている。結局重要だったのは、新しい制度を作るために30以上もの法改正が必要なこと、移行期におおくの困難が生じること、新型コロナ感染症対応による休校措置などによって問題になっている教育の格差などの問題は「9月入学」にするだけでは解消されないことなどであった。

こうした問題の指摘は、NHKの記事でも決定的な影響力を持ったとされる自民党議員有志の提言でも中心になっている。自民党政務調査会の秋季入学制度検討ワーキングチームの最終報告書も、同様の観点から「学校休業に伴う学びの保障」と「秋季入学制度」を分けて考えて、前者については今年度の期間や入学試験の時期や範囲などを検討し、後者については今年度あるいは来年度ということではなく、長い時間をかけて慎重に「各省庁一体となって、広く国民各界各層の声を丁寧に聴きつつ、検討すべき」としている。

一見妥当な結論のように見えるが、一連の議論でいくつかの点が見落とされてしまったと思う。一つは、「9月入学」を実現するために様々な法改正が必要となったり、企業の採用のやり方、資格試験の日程などの慣習を与件とすると特に移行期に多くの困難が生じるというのは、実は「9月入学」論の優れた点であるということである。もう使い古された表現をつかえば、バグではなくフィーチャーだということになる。日本の教育そして社会・経済をより良いものにするためには、様々な規則や慣習の変更が必要になる。「9月入学」一つだけとるとそれ自体の便益は他の制度が変わらなければ小さいだろう。しかし、これがもっと大きな変革を強いる起爆剤になるなら、その便益は大きくなるだろう。今回の議論は、「9月入学」の導入を突き詰めて考えれば、そのような大きな変革が必要になるということを明らかにしたが、同時に少なくともいまの政権はそこまで大きな議論をしたくはないということも明らかにした。

もう一つは、コロナ対応に伴う休校措置などで起こってきた喫緊の問題と「9月入学」を同時に考えることの意味である。両者は分けて考えることができる問題であるという自民党の結論は間違っていない。ただし、それはどちらか片方しか考えられないということではない。このような二者択一の議論は、日本教育学会の「9月入学」に関する提言にも見られる特徴である。40ページにわたる日本教育学会の提言は、細かい分析もなされていて、特に長期休校によって生じた学習の遅れや教育格差の問題を解決するためになされるべき政策がたくさんあるという指摘はその通りだと思う。ただし、そうした問題の解決が迫られている現在は、通常よりも制度改革のコストが少なくなっている状態であり、当初何人かの県知事や自民党議員が指摘したように、ピンチをチャンスに変える良い機会である。その機会が失われてしまったのは残念である。

最後に、これが一番重要だと思うが、長期休校などによって明らかになった諸問題は、コロナ・ショック以前からすでに存在していたということである。2か月間休校したことによる学習の遅れを取り戻すためにはどうすればよいのか?オンライン授業をスムーズに実行できた学校とそうでないところで格差ができてしまったが、それはどのように解消できるのか?同じ学校でも家庭環境によってオンライン授業の有効度は違ってきている。この格差をどうするのか?こういったことが大きな問題になるのは、ショック以前の制度が、生徒全員が同じペースで同じ内容の学習ができていて格差などは存在しなかったという前提で議論がなされているからだろう。

しかし、実際にはある年の4月2日からその次の年の4月1日に生まれた子供を一学年にしてまったく同じ内容を同じペースで教育するというのは無理な話で、当然差が出てくる。その格差をできるだけ少なくするためには、全員にできるだけ同じような教育をするのではなく、それぞれの生徒にできるだけあったような形で教育をするということが必要になる。場合によっては、決まった学年よりも一年上のあるいは下の学年に属したほうが効果ある学習ができる場合も多いだろう。これはもちろん「9月入学」にしても同じ問題は残る。ただし、「9月入学」にしても全員を6ヵ月遅らせる必要なないだろうとかいう議論になれば、そもそも学年を誕生日で厳格に区切り必要もないだろうと考えることができるようになるかもしれない。

これはきちんと調べていないから間違いかも知れないが、コロナ・ショックを受けて学事暦をどうするかという議論がここまで盛り上がったのは日本だけではないだろうか?そうだとすれば、学齢と学年を厳密に結びつけるという日本の制度が、コロナ・ショックに代表される大きなショックに脆弱だったということが明らかになったのではないか?

上述した自民党議員有志の提言に課題の一つとして「今後コロナ等の感染症が流行する度に、学校教育を後倒すのか」というものがある。まさにその通りだと思う。コロナ・ショックによって明らかになった日本の教育制度の脆弱性を是正するためにはどうすればよいのか。その議論が必要である。もちろん他の議論と二者(三者?)択一ではないのだが。

日銀の資金繰り支援特別プログラム

だいぶ間が空いてしまった。昨日の金融政策決定会合で、日銀は現在の金融緩和を続けると同時に、新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラムの総枠を約110兆円に広げた。今日は、新型コロナウイルス感染症に対するこれまでの日銀の政策をまとめておきたい。

日銀が最初に新型コロナウイルス感染症に対応するためと明示的に打ち出したのは、3月16日の金融政策決定会合だった。もともとは3月18日、19日に開催予定だった会合を2日前倒しして、しかも1日で行った。この会合では、すでに2016年から行ってきた極度の金融緩和であるマイナス金利政策とイールドカーブ・コントロールに加えて、(1)米ドル資金の流動性供給も含めた「一層潤沢な資金供給」を実施し、(2)追加的な企業金融支援を行い、(3)ETFおよびJ-REITの買入枠を増加し、年間それぞれ約12兆円および約1,800億円を残高に加えることにした。このうち、(2)の企業金融支援は、民間企業債務を担保に最長1年の資金を金利ゼロで供給する新しい特別オペの仕組みを導入し、さらにCP・社債等の買入枠を2兆円増加し、CP等の最高残高は約3.2兆円、社債等のそれは約4.2兆円になった。

4月27日の会合では、さらに、(1)CP・社債等買入上限を合計約20兆円に増額し、(2)3月に導入した新型コロナ対応金融支援特別オペの担保を家計債務を含めた民間債務全般に拡大し、対象先に系統会員金融機関等を追加し、そしてオペの利用残高に相当する当座預金に+0.1%の利息をつけて拡充し、(3)国債をさらに積極的に買い入れることにした。

その金融政策決定会合から1ヶ月経たないうちに、日銀は臨時の金融政策決定会合を5月22日に召集し、そこでは、中小企業等の資金繰り支援のための「新たな資金供給手段」が導入された。これは、緊急経済対策で民間金融機関にも促された無利子・無担保融資を中心とする融資を担保に日銀が利率ゼロで貸し出し、さらに利用残高に相当する当座預金に0.1%の利息を付けるものである。4月27日の(1)CP・社債買い上げと(2)拡張された特別オペに今回の新たな資金供給手段を加えて、「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム(特別プログラム)」と呼ばれることになり、総枠は約75兆円になった。

同じ5月22日に、日銀の黒田総裁は、麻生副総理兼財務大臣と共同談話を発表し、「企業金融の円滑化と金融市場の安定に努め、事態を収束させるためにあらゆる手段を講じる」とした。

そして、昨日6月16日の金融政策決定会合では、現在の緩和政策の維持が決定され、特別プログラムの総枠が約75兆円から約110兆円に拡張された。

以上が、いままでのコロナ感染症対応としての金融政策の変遷であるが、その効果はどのようなものだったか?次のグラフは、今年の初めから現在までの、日経平均ボラティリティ・インデックス10年物の国債利回りをプロットしたものである。2月の末から3月の半ばにかけて、ボラティリティも国債利回りも急上昇したが、日銀がコロナ感染症対策の金融政策を明確に打ち出してからは、ボラティリティも国債利回りも低下するようになり、比較的安定していた動きを示している。この間、2度にわたる補正予算により新規国債発行は急増したから、それでも金融市場がいまのところ安定しているのは、日銀の金融緩和が(いまのところ)功を奏している証拠だろう。