毎週月曜の朝に、最新のNBER (National Bureau of Economic Research) Working Papers のリストが届く。NBERとは、マサチューセッツ州ケンブリッジにある組織で、北米の経済学研究者で特に経済政策に関わる分野、たとえば財政、金融、労働、貿易、マクロ経済学などの研究者が集まっている。現PresidentのJames Poterba教授(MIT)を含めて、ほとんど全員が大学との兼任である。NBER Working Paper Seriesは1973年に始まったらしいが、いまでは年間1,000を超える論文が出版され、その総数は現在約27,000になっている。筆者もそのごくわずか(0.05%くらい)に関わっている。
最近のNBER Working Paperは、コロナ感染症のパンデミックを経済学的に分析したものが急速に増えている。今週筆者に届いたなかでも半数近く(21本中10本)がCovid-19のパンデミックに関わるものである。その中でも一つの論文に興味を惹かれた。Social Distancing, Internet Access and Inequality (Lesley Chiou and Catherine Tucker #26982) と題された論文は、アメリカの約2千万台の携帯の位置情報を分析して、コロナ感染症が拡がった時に、地域によって外出せずに家にいる割合がどう変わったかを分析している。
論文は、いくつか興味深い発見をしている。外出を控えるようにという州令が出た州で、発令以前と以後の外出パターンを見ると、発令前は平均所得の比較的低い地域で外出しない人の比率が高かったが、発令後はそれが逆転している。もっとはっきりしているのは、高速インターネットがある地域でそこでは発令後家に留まる人達の比率が大きく増えているのに対し、高速インターネットがない地域では家に留まる人達の増加がそれほど大きくないことである。もちろん所得が高い地域と高速インターネットがある地域は相関関係があるが、所得が高い地域どうしで比べても、高速インターネットのあるなしによって、家にいる比率が全然違ってくる。所得が低い地域どうしで比べた場合にも同じである。
このことは、デジタル格差が、感染症からどれくらい自分を守れるか、そして地域が感染症の拡がりをどれくらい防止できるか、ということに大きい影響を与えているということである。デジタル環境が、感染症などに対する危機対応やその後の社会・経済の抵抗力を大きく左右するということである。
日本政府のコロナ感染症への緊急経済対策も、デジタル・トランスフォーメーションの加速を重要な政策としてあげている。ChiouとTuckerの研究は、アメリカにおけるデジタル・トランスフォーメーションの格差が、感染症への対応で問題を引き起こしていることを示すが、日本でも今回の危機から、デジタル・トランスフォーメーションのどこが遅れていたかが、明らかになってくるだろう。その教訓を活かす政策が求められる。