コロナウイルスを検出する検査として使われるPCR検査は、もうすっかり日常用語になってしまった。ぼくも以前は聞いたこともなかったが、最近はあたかもわかっているかのように口にしている。そのPCR検査の数は日本では他の先進国に比べてはるかに低いということが問題視されてきた。一方では、PCR検査を増やすことには弊害の方が多いという見解もある。日本の現状で、PCR検査を増やすことの是非を考えてみたい。
検査の数を増やすべきだという議論はわかりやすい。ドイツや韓国で行われたように、多数の人を迅速に検査すれば、感染者を早く特定して、隔離することによって、感染の拡大を抑止できるということである。これに対して、検査の数を増やすことの問題の主要因はPCR検査の精度がそれほど高くないことによる。検査の間違いには二通りの場合がある。一つは、ウイルスを持っている患者を陰性と判断してしまう場合で、これは偽陰性と呼ばれる。もう一つは、ウイルスを持っていない患者を陽性と判断してしまう場合で、これは擬陽性と呼ばれる。PCR検査の精度にはまだわかっていない部分も多いが、いろいろな報道から判断するに、偽陰性の確率は0.1~0.3、擬陽性の確率はそれよりも低いが0.1程度くらいあるかもしれない、というところだろう。
このような精度のそれほど高くない検査が、もともと感染者の少ないような状況で行われると、その結果はあまり信頼できなくなる。これは、かなり精度の高い検査でも問題になるのだが、精度が低いと問題がさらに大きくなる。数値例を使って考えてみよう。検査の偽陰性の確率を30%、擬陽性の確率を10%としよう。地域全体の感染者の比率を0.3%(1000人に3人)としよう。これは、現在東京都で確認されている感染者の比率の約10倍の数字だと思う。
いまこの検査を受けて陽性の結果が出た人がいるとする。この人が本当に感染している確率は
(本当に感染していて検査で陽性と判断される確率)を((本当に感染していて検査で陽性と判断される確率)と(本当は感染していないが検査で陽性と判断される確率)を足し合わせたもの)で割った値
になる。すなわち、
(0.003 ✖ 0.7) ÷ ((0.003 ✖ 0.7) + (0.997 ✖ 0.1))
これを計算すると約0.02になる。つまり、検査で陽性と判断されても98%は感染していないのである。
陽性と判断された人の98%は擬陽性ということになる。検査を増やしてもほとんどは擬陽性が増えるだけで、それらの人々を隔離するための病室がたちまちなくなってしまう、というのが、検査を増やすべきでないという議論の一つである。これはベイズの定理の応用で、よく統計学や経済学の問題で良く使われる例であるが、最近はコロナ・ショックのせいで理解する人が増えてきたことは喜ばしいことである。
この場合でも、検査を受けた個人が感染しているかどうかはあてにならないが、全体でどれくらい感染者がいるかどうかわからないのでそれを推定したいという場合には役に立つ。上の例で、全体の感染者の比率(例では0.003)がわからないとしよう。検査をした結果10.3%の人が陽性と判断されたとすると、そこから、全体の感染者の比率は、
(陽性と判断された人の比率ー擬陽性確率)を(感染者を正しく陽性と判断する確率ー擬陽性確率)で割った値
になる。これは、(陽性と判断される人の比率)が((本当に感染していて検査で陽性と判断される確率)と(本当は感染していないが検査で陽性と判断される確率)を足し合わせたもの)であることから導かれる。
陽性と判断された人の比率が10.3%、擬陽性比率10%、感染者を陽性と判定する確率は70%であるから、全体の感染者の比率は0.5%であると推測される。
したがって、精度がそれほど高くないテストでも、多くの検査を行えば、全体の感染者の比率については推測できる。
検査をもっと役立つものにする一つの方法は、感染が疑われる理由がある人達に限って検査を行うことである。これが、実際に日本でやられている方法であろう。現在行われている検査からどのようなことを推測できるか、実際の東京都のデータを使って簡単な計算をしてみよう。
東京都は、毎日検査を実施した人数とその日に感染が確認された人数を発表している。この二つの対応関係が明らかではないので、ここでの計算は正確なものではないだろうが、もしこれらが、検査を受けた人とそのうち陽性と判断された人数を示すと考えれば、簡単な計算ができる。
たとえば、4月10日から16日までの一週間で合計1,905人に対して検査が行われ、4月11日から4月17日までの一週間で新たに1,090人の感染が確認されている。この二つの数字が比較可能であるとすると、検査を受けた人のうち陽性と判断された人の比率は、約57%になる。上で考えたような検査の精度を仮定して、本当に感染していた人の比率を推定すると、約78%になる。感染している可能性がかなり高い人に限って検査していることが推測される。検査の精度に関する仮定がそれほど間違っていなければであるが。この78%という数字を信じて、この検査で陽性になっている人が本当に感染している確率を計算すると、約95%になる。
もともと感染が疑われる人たちに限って検査を行っているために、検査結果の信頼性が高くなっていると思われる。もっともそれは、ここでの簡単な計算で使っている検査の精度に関する仮定があっているかぎりであるが。
簡単すぎる計算ではあるが、現在のテストは(最初のサンプルを制限することによって)かなり役に立つものになっているので、もう少し増やすのが良いのではないかという結論になりそうだ。実際、日本でも検査を増やそうという動きが活発化してきたのは望ましいことだろう。もちろん、検査を増やせば、擬陽性が増えるという問題はある。症状のない陽性患者を入院させない形で隔離するという場合もようやく増えてきたようだから、それも望ましい方向に進んでいると言える。あとは、スピードの問題だろう。