今週発売されたようなので、早速Kindleで買ってよんでみた。この危機を乗り切るために、経営者そして政策担当者が心得ておかなければならないことを手際よくまとめている。納得のいく内容ばかりである。
特に、「緊急経済対策、守るべきは「財産もなく収入もない人々」と「システムとしての経済」」というのはその通りだと思った。「財産もなく収入もない人々」を守るという観点からは、収入減の家計にそれぞれ30万円から一人当たり一律10万円に移行したのは前進だっただろう。収入がもともと少なくて減収になっていない人、減収になったら生活できないので危険な状況でも仕事を続けざるを得ない人などこそ、真っ先に救う必要があるからである。一方で、財産や収入の少ない人に絞った給付というのを実現できなかったのは残念である。一律にすることでしか迅速に給付できないということであれば仕方はない。本当に迅速に給付を実現すること、これがいまは最重要である。
「システムとしての経済」を守るという観点からは、ここでも論じたように持続化給付金のいまの仕組みは不足である。一番わかりやすい問題は、一年以内に事業をスタートした業者、これから事業を撤退しようとする業者などは給付を受けることができないということである。どちらの場合も、いままでのやり方をただ続けていくだけで生き延びていこうという業者よりも、守るべき対象であろう。
また、この危機は必ず終わる、そこからのリカバリーは復旧ではなく復興にしなければならないという指摘もその通りであり、それを可能にするためには、想像力を働かせてポスト・コロナの世界を描かなければならない、というのも同感する。様々な可能性があるが、一つ確かなのは、冨山氏も指摘するように、破壊的イノベーションがさらに加速化していくということだろう。つまり、コロナショックほどではないにしても、大きなショックが今後も起こり続けるということである。そうしたショックに直面した時に、「財産もなく収入もない人々」と「システムとしての経済」を守っていく方法を考えておく必要がある。
もしかしたら、的を絞った給付金というような制度は、今回限りではなく、今後も様々なショック(システミックなものだけでなく地域的、産業的、個人的なものも含んで)に対応する手段として、常に考えるべきものかもしれない。そのためにも、今回はあきらめてしまった、特定の人々に集中して速く給付を行うという制度を導入しておく必要があるのかも知れない。
冨山氏の「妄想の議論」すなわち「ポストコロナショックの事態に対するビジョン」を考えることはショックの最中のいまから始めなければならない。