今日の日経の一面に「中小破産回避へ特例 独やインド、倒産基準を緩和 産業基盤や雇用を維持」という見出しの記事がある。一面トップなので目にした人も多いと思う。ドイツやインドなどいろいろな国の倒産法制で中小企業についての特例が設けられて、破綻を回避しようとしている、という趣旨である。記事が言うように「一時的に資金繰りが悪化しただけの企業まで破綻させる」というのは当然問題だが、一概に破綻を回避するのも問題である。良い倒産というものもあるからだ。「産業基盤や雇用を維持」するために、一昨日紹介した冨山和彦氏の著作から引用するなら「システムとしての経済を守る」ために望ましいのは、悪い倒産を減らし、良い倒産を増やすような倒産法制の変更である。
この記事が読者に誤解を与えている理由は二つあると思う。一つは、良い倒産と悪い倒産を明確に区別した議論をしていないこと、もう一つは誰が倒産手続きを申し立てるかということを区別していないことである。
まず、良い倒産と悪い倒産について。悪い倒産とは、記事でも言っているように、一時的に資金繰りが悪化したために債務不履行に陥っただけで通常の状態にもどれば事業の採算性が回復するような企業を破綻させてしまう場合である。これは、債権者が一人でしかも債務者の問題が一時的なものだということを理解しているなら、起こりにくいと考えられる。破綻させてしまっては、債権者も債務者も損だからである。しかし、債権者が多数いて、しかも債務者の問題が本当に一時的かどうか確実ではなければ、どの債権者も他の債権者よりも早く取り立てしようと結局債務者を倒産させてしまうという可能性がある。このような悪い倒産を減らすことができればそれに越したことはない。
一方良い倒産とは、たとえば事業の採算性がいまのままでは長期的に損なわれるという時に、事業を継続しながら、債務を減免してもらって、採算性を取り戻すという場合である。日本の民事再生法やアメリカのChapter 11のような再建型の倒産がこれにあたる。また、日本の破産法やアメリカのChapter 7のような清算型であっても、単に資金繰りが悪化しただけでなく、債務超過に陥ったような場合は、いったん生産して、事業者はほかの事業を始める方が、債務超過のままで事業を続けていくよりは社会的に損失が少ない場合も多いので、良い倒産になりうる。
次に誰が倒産を申し立てるかであるが、大抵の場合は、債権者か債務者のどちらかが申し立てることができるようになっている。記事は、「通常なら破産申請は財産を保全し借金の返済にあてるため債権者の保護につながる」と言うが、ここで念頭にあるのは、債権者が申し立てる倒産であろう。債務者が、債権者の取立から一時的に守られてその間に再建計画を立てるというような再生型の倒産は、債務者が申し立てる場合も多い。
いまのような危機的状態で、悪い倒産を回避するために注意すべきなのは主に債権者の申し立てによる倒産だろう。債務者が申し立てる倒産は、とくに再生型の倒産は、先日のコラムで論じたように、裁判所の処理能力を超えてしまうというような心配がない限り、制限すべきではないだろう。
そこで日経の記事にでてくる各国でどのような倒産法制の改革が行われているのか調べてみた。見出しにあるドイツ、インドの他にスペイン、シンガポール、オーストラリア、それにアメリカの各国の例が簡単に触れられている。今日は時間の関係でドイツしか触れることができないが、明日以降で他の国の例もまとめるつもりだ。
ドイツについては、Cliford-Chanceのレポートが比較的にくわしく解説している。日経の記事に書いてあるように、経営陣が支払不能あるいは債務超過が明らかになってから3週間以内に破綻の申し立てをしなければならないというルールを9月30日まで停止するという措置を取った。しかし、もっと重要な変更は、資金繰りに困った企業に融資を行ったり新しい資金を入れたりするのが容易になったという点であろう。ドイツの倒産法制では、資金繰りに困った企業に新しい資本を提供するとその資本は現存の資本に比べて優先順位が低くなった。いわゆるEquitable Subordinationである。さらに、そのような企業に新しく貸し出す銀行は、その企業が結局倒産して裁判所の監督のもとに再建が行われる時に、貸し手の責任(Lender’s Liability)が問われることになる。これらから、ドイツの倒産法制は、資金繰りに困った企業に新規に貸し出したり、新しい資本を投入する意欲を削ぐものになっていた。今回の改正はこうした点を改良したようである。ドイツでの政策は、破綻申し立てを少し柔軟にして悪い倒産を減らすと同時に、最終的には良い倒産ができる企業に資金を入れやすくして、良い倒産を簡単にする効果がありそうだ。