包摂的な社会の構築に向けた取組

骨太方針に向けた民間議員レポートについて、もう一点だけ書き留めておこう。第4点の「強靭かつ柔軟、安心できる社会保障の構築と包摂的な社会の実現」である。これはたいへん重要な点だと思う。レポートは次のように言う。

「急速なデジタル化・オンライン化の進展などの大きな環境変化に対し、デジタル・デバイド等によって新たな格差を生まないような教育環境整備や高齢者支援を行うなど、社会的に取り残される者のない包摂的な社会の構築に向けた取組を強化すべき。」

その通りである。ただ問題は大きな環境変化はこれから始まるのではなく、すでに起こってきたことであり、そうした環境変化への対応が偏った形で行われきたので、すでに様々な不公平が発生してしまっているということである。具体的に言うと、大きな環境変化に直面した時のこれまでの日本の対応は、簡単に言えば、企業や産業を環境変化から守ることによって雇用を維持して、人々の生活を守るということであった。

この対応策の問題の一つは、守られる雇用は部分的に過ぎずに、そこから取りこぼされる人たちが多数あらわれたということである。守られたのは、大企業・中堅企業の終身雇用の正規労働者であり、ほとんどの場合男性である。大きな経済的なショックが起こった時、バブルの崩壊の時でも、90年代末の金融危機の時でも、10年ほど前のいわゆるリーマン・ショックの時にも、これら一部の雇用は守られたが、パートや派遣といった非正規労働者や、女性、若者の就業機会は失われた。そして、このコロナ・ショックでも同じようなことが起こっている。同僚の北尾早霧教授とその共著者たちの研究によると、コロナ・ショックの影響が特に大きい産業や職種は、非正規の労働者、女性労働者、そして学歴の比較的低い人々が、多いという。

一部の企業を守ることによって一部の雇用を守ろうとする政策は、それがゾンビ企業を作り出すという問題に加えて、調整のコストを雇用が守られていない他の労働者にしわ寄せしてしまうという問題がある。「包摂的な社会」のためには、変えていかなければならない政策である。

包摂的な社会の構築に向けた取組」に3件のコメントがあります

  1. かつて「投資の調整コスト」を学びました。それがなければ瞬時的に調整がなされ最適状態が実現するが、現実はそうでなく、だからこそ「投資」が存在する。このコストを減らしたり上手く負担したりすることが求められている、とでも言えるのでしょうか。

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    1. なるほど。そういう比較もありますね。投資の調整コストは普通新しい設備を入れる時に一気に入れてしまうと、それに対応して組織などを変えるのが大変だということで、少しずつ投資をするということになります。同じようなことがここで考えている社会全体での調整についても言えるかも知れません。ただし、社会全体の調整には、多くの人が移動したり、会社が無くなったり、新しい会社ができたり、と一企業の投資とは比べ物にならない「調整」が必要になります。そこで、政策が重要になりますが、一企業の投資と同じように、急に全部の調整をするのではなく、少しずつやっていくというのも必要になるのでしょう。例えば、企業の破綻・再建を過度に集中させないようにするとか。

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      1. 早速詳しくご返事頂きありがとうございます。企業とそこで働くものに求められるものが変化していく中、その変化に対応した投資をすべきところ、現状維持のための支出しかなされないようでは、企業やそこで働くものの成長はない。また、一企業で対応仕切れないところは、公的機関が補う、と言うことでしょうか。企業の現場で見ていると、正規の立場に安住してしまっている男性社員と比べ、女性や若い非正規労働者の仕事ぶりが常に劣っているわけでは決してありません。このような人たちが公的機関を利用し学ぶなどしてこれからの時代に必要な職能を身につけ働くことが出来れば、日本経済に大きなプラスだと思います。

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