2020年7月18日
昨日(7月17日)、今年の骨太方針(「経済財政運営と改革の基本方針2020」)と成長戦略が閣議決定された。予想されたように、新型コロナウイルス感染症終息後の世界を見据えて、政策を提示しようとしている。その主眼は3ページの次の一節にコンパクトにまとめられている。
「感染症の拡大等先行きが不透明でもあり、確実な見通しを持つことは困難であるものの、今回の感染症拡大で顕在化した課題を克服した後の新しい未来における経済社会の姿の基本的方向性として、「新たな日常」を通じた「質」の高い経済社会の実現を目指す。すなわち、変化を取り入れ、多様性を活かすことにより、リスクに強い強靱性を高めながら、我が国が持つ独自の強み・特性・ソフトパワーを活かした「ニューノーマル」のかたち、「新たな日常」を構築していく。それを通じて、付加価値生産性を向上させるとともに、成長の果実を広く分配する中で、誰ひとり取り残されない、国民の一人一人が「包摂的」で生活の豊かさを実感できる「質」の高い持続的な成長を実現していく。」
そして、実現すべき社会として掲げるのは次のような社会である。
- 個人が輝き、誰もがどこでも豊かさを実感できる社会
- 誰ひとり取り残されることなく生きがいを感じることのできる包摂的な社会
- 国際社会から信用と尊厳を集め、不可欠とされる国
さらに、このような社会を実現するために様々な政策の方向性を打ち出すが、それらは大きく分けて5つの分野に集約される。以下は、その簡単な要約である。
1. 「新たな日常」構築の原動力となるデジタル化への集中投資・実装とその環境整備(デジタルニューディール )
A) デジタル・ガバメントの断行 (デジタル・ガバメント実行計画の見直し及び施策の実現の加速化; マイナンバー制度の抜本的改善; 国・地方を通じたデジタル基盤の標準化の加速; 分野間データ連携基盤の構築、オープンデータ化の推進)
B) デジタルトランスフォーメーションの推進
C) 新しい働き方・暮らし方 (働き方改革; 少子化対策・女性活躍; 教育・医療等のオンライン化; 公務員制度改革)
D) 変化を加速するための制度・慣行の見直し (書面・押印・対面主義からの脱却等; デジタル時代に向けた規制改革の推進)
2.「新たな日常」が実現される地方創生
A) 東京一極集中型から多核連携型の国づくりへ (スマートシティの社会実装の加速; 二地域居住、兼業・副業、地方大学活性化等による地方への新たな人の流れの創出; 地域の中小企業の経営人材の確保; 地方都市の活性化に向けた環境整備; 公共サービスにおける民間活用; 持続可能な地方自治体の実現等)
B) 地域の躍動につながる産業の活性化 (観光の活性化; 農林水産業の活性化; 中堅・中小企業・小規模事業者への支援; 海外経済の活力の取込み; スポーツ・文化芸術の力)
3. 「人」・イノベーションへの投資の強化 - 「新たな日常」を支える生産性向上
A) 課題設定・解決力は創造力のある人材の育成 (初等中等教育改革等; 大学改革等; リカレント教育)
B) 科学技術・イノベーションの加速
4. 「新たな日常」を支える包摂的な社会の実現
A) 「新たな日常」に向けた社会保障の構築 (柔軟かつ持続可能な医療提供体制の構築; 医療・介護分野におけるデータ利活用等の推進; 「新たな日常」に対応した予防・健康づくり、重症化予防の推進)
B) 所得向上策の推進、格差拡大の防止 (就職氷河期世代への支援; 最低賃金の引上げ)
C) 社会的連帯や支え合いの醸成
5. 新たな世界秩序の下での活力ある日本経済の実現
A) 自由で公正なルールに基づく国際経済体制
B) 国際協調・連帯の強化を通じた新たな国際協力
C) サプライチェーンの多元化等を通じた強靭な経済・社会構造の構築
D) 持続可能な開発目標(SDGs)を中心とした環境・地球規模課題への貢献
こうして要約してみると、コロナ・ショックへの対応の過程で、以前から進めると言っていたSociety 5.0といったものへの取り組みが全く不足していたことがわかったので、今度こそデジタル・トランスフォーメーションを実現して、「新たな日常」を作り出す、という、真摯でまともな政策のように見える。問題は、似たような取り組みは、骨太方針が最初に策定された20年前まで遡るのに、その成果はなかなか出なかったということである。デジタル・トランスフォーメーションなどは、言葉こそ違うものも、最初の骨太方針の重点テーマの一つであった。2005年までに世界最先端のIT国家になるという目標だったが、それがどうして成功しなかったかはいまだに検討されていない。
以下に、小泉政権が2001年に作った最初の骨太方針と今年の骨太方針を対比してみよう。まずは、目指すべき社会の姿について。
骨太方針2020の目指す社会 | 骨太方針2001の目指す社会 |
• 個人が輝き、誰もがどこでも豊かさを実感できる社会 • 誰ひとり取り残されることなく生きがいを感じることのできる包摂的な社会 • 国際社会から信用と尊厳を集め、不可欠とされる国家 | • 国民が自信と誇りに満ち、努力するものが夢と希望をもって活躍する社会 • 市場のルールと社会正義が実現される社会 • 誰もが豊かな自然と共生し、安全で安心に暮らせる社会 • 世界に開かれ、外国人にとっても魅力ある社会 |
これらを比べると、目指す社会の姿には多くの共通点が見られることがわかる。この20年間目指し続けて来たものがいまだに実現していない、と取ることもできる。ただ、細かく見ると違っているところがある。「市場のルール」(と「社会正義」)はもはや強調されていないし、「努力するもの」や「豊かな自然」といったことも重視されていないようである。他方で、(国際社会からの)「信用と尊厳」や「包摂的な社会」といったものが強調されるようになっている。
政策分野の面で見ても、2001年に行うはずだった政策がいまだに掲げられている場合が多い。簡単に比較すると次のようになる。
骨太方針2020の政策分野 | 骨太方針2001の政策分野 |
• デジタルニューディール(デジタルガバメント、働き方改革、女性活躍、規制改革など) • 地域創生(東京一極集中の是正、地方大学活性化、観光、農林水産業の活性化、中小企業支援、国土強靭化など) • 「人」・イノベーションへの投資(大学改革、初等中等教育改革、世界で最もイノベーションに適した国) • 包摂的な社会の実現(医療提供体制の改善、所得向上策と格差拡大防止、社会的連帯の醸成) • 新たな世界秩序(国際協調、サプライチェーンの多元化、SDGsなど) | • 民営化・規制改革 • チャレンジャー支援(不良債権処理、起業・創業支援、中小企業のセーフティ・ネット) • 保険機能強化(医療制度改革、介護制度、安心できる制度) • 知的資産倍増(人材活性化、科学技術創造立国、世界最先端のIT国家、世界最高水準の大学づくり、個性ある初等中等教育) • 生活維新(誰もが住みやすく、働きやすい、思いやりのある共助と共生の社会、雇用のセーフティ・ネット、環境政策など) • 地方自立・活性化(個性ある地方づくり) • 財政改革 |
地域創生と地方活性化、包摂的な社会の実現と生活維新、「人」・イノベーションへの投資とチャレンジャー支援と知的資産倍増、使っている言葉は違うが、内容は類似している。2020年版では、財政改革が抜け落ちているが、これは財政問題が解決したわけではないのは、言うまでもない。
途中政権交代はあったものの、小泉内閣以来続けているはずの改革がなぜ進まなかったのか、その点をちゃんと検証しなければ、ポストコロナの新たな日常をでの「質の高い社会の実現」も達成できない可能性が高いのではないか?
ただし、今年の骨太方針には、
「経済・財政一体改革を推進するに当たり、エビデンスに裏付けられた効果的な政策やデータ収集等に予算を優先するなど、EBPMの仕組みと予算の重点化、複数年にわたる取組等の予算編成との結び付きを強化することにより、ワイズスペンディングを徹底する。このため、広く国民各層の意識変革や行動変容につながる見える化、先進・優良事例の全国展開、インセンティブ改革等を通じた財政の健全性の確保等につながる取組をEBPMと一体として推進するとともに、経済財政諮問会議の下、専門家の知見を活用しつつ、EBPMの枠組みを強化する。また、EBPMの基盤であるデータの活用を加速するための戦略体制を整備する。」
と明言されている。確実に実行してほしいと思う。