中長期の経済財政に関する試算

2020年8月1日

日経の記事が報じたように、昨日の経済財政諮問会議で内閣府の中長期の経済財政に関する試算が発表された。新型コロナウイルス感染症による経済状態の悪化や財政出動の結果として、「財政黒字化一段と遠のく」と報道されている。だが、新型コロナウイルス感染症による財政の悪化を強調するのは問題がある。日本の財政は、コロナの前からすでに大きな問題を抱えていたからである。

日本の財政の問題は構造的なものがあり、その解決は長期的に図られるべきものである。コロナで悪化した部分はそれほど大きいわけではない。コロナで悪化した部分を早急に増税などで解決しようとしても、それは根本的な解決にならないだけでなく、景気の回復を遅らせてしまう可能性もある。重要なのは、コロナショックによる財政への影響に過度に反応することなく、コロナ以前から必要だった長期的な財政の健全化を実現することである。

内閣府の経済財政に関する試算は、ここ数年は毎年2回公表されていて、内閣府のウェブサイトは2002年まで遡って過去の試算も掲載している。そこの数字を使って、今回の試算が過去のものからどれくらい変わったかをみてみよう。

まず、次の図は日経の記事と基本的に同じ図で、7月の試算によるプライマリーバランスの経路を1月の試算と比べている。日経の記事では、GDP比を見ているが、ここでは名目値を見ている。どちらを見てもそのトレンドに大きな違いはない。

試算のためのシナリオとして、成長率が名目で3~5パーセントで上昇していくと仮定する成長実現ケースと、名目成長率が1~1.5パーセント程度にとどまると仮定するベースラインケースの二つがあるが、日経の記事が見出しで注目しているのは、成長実現ケースである。1月試算では2027年度に黒字化するはずだったのが、7月試算では2029年度に遠のいたというわけだ。

しかし、ベースラインケースでは、1月試算でもそもそも黒字化は見込まれていなかった。7月試算は、赤字幅が大きくなったのはあるが、長期的な黒字化が見通せないという意味では変わっていない。ベースラインと成長実現のどちらが現実的かと考えると、少なくとも今まではベースラインの方が成長実現シナリオよりもずっと現実に近かった。したがって、ベースラインの数字を使って議論する方が現実的だろう。

ベースラインケースの数字を見ると、日本の財政の問題はもともとあって、それがコロナショックで悪化した部分は大きくことがわかる。次の図は、過去のいくつかの試算によるプライマリーバランスの予測値を比べたものである。すべてベースラインケースの名目値で見ている。

2020年度のプライマリーバランスは確かに大幅に減少するが、2021年度からの減少幅はそれほど大きくない。しかも、この差の主な部分はGDPの変動に財政収支が反応する循環的なものだと思われる。1年限りの財政の悪化は長期的に解決されれば良いので、コロナショックは長期的な財政の維持可能性にそれほど影響を与えないと言える。さらに、2019年7月の試算と比べると2020年7月の試算は赤字幅が大きくなっているが、2016年7月に予想されていた額に比べるとそれほど大きくはない。2014年7月の予測と比べると、2023年度の基礎的財政赤字は、2020年7月の試算でもほぼ同じである。

2020年7月の試算が、過去に比べてそれほど大きい財政問題を示唆するものではないということは、国債残高の予測値を比べてみてもわかる。次の図に示すように、2020年7月の試算は去年のそれよりも悪くなっているが、2014年に予測されていたのとほぼ同じである。

日本の財政の問題は、コロナショックで始まったわけではない。以前からある問題で、解決されなければならない問題である。ただし、その解決は急に増税とかで行う必要はない。必要なのは、長期的に構造的な財政赤字を小さくすることである。本当は、コロナショックの前にやっておくべきであったが、それが実現される前に大きなショックがきてしまった。長期的に赤字を減らすことはいまも重要である。ただ、現状の赤字の増加に過敏に反応して、赤字削減を急いではならない。

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