2020年12月27日
菅首相の会見でもう一つ気になったのは、GoToの影響についての見解である。延べ約7,000万人の利用に対して感染が判明したのが約340人であったことから、感染への影響が少なかったとし、「地方経済の下支えに大きく貢献できた」と結論している。この7,000万人というのが、GoToイートの利用者も含むのか、GoToトラベルの利用者だけなのか明らかではないが、いずれにせよ、複数回利用している人が多いと思われるから、1度以上利用した人の数は7,000万人をはるかに下回るはずである。そして、その人たちがもしGoToを一回も利用しなかったら何人くらいの感染者が出ていたか、という反実仮想(Counterfactual)と比べて初めて340人という数字が大きいのか小さいのか判断することができる。
このような分析を統計的にきちんとやろうとした論文がある。東京大学の宮脇敦士教授らによる論文である。この論文は、8月末から9月にかけて行ったインターネット上のサーベイから得られたデータを使って、GoToトラベルを利用した人と(まだ)利用していない人の間で、過去一ヶ月の間に新型コロナウィルス感染症によく見られる症状(発熱、のどの痛み、咳、頭痛、味覚・臭覚の異常)を経験した割合がどう違うかを調べている。サンプル・バイアスやGoToトラベルへの参加以外の要因でこうした症状の頻度に閉胸を与えそうなものは、できる限り統計的にコントロールしようとしている。その結果、GoToトラベルの参加者の方が、非参加者にくらべて、年齢、性別、住んでいる地域などの他の要因をコントロールしても、コロナを思わせる症状を経験した確率が(統計的に有意に)高かった、という結果が得られている。
症状を聞いているだけで感染したかどうかを聞いているわけではないとか、まだ東京が除外されていてGoToトラベルが本格化する前のデータであるとか、聞かれた本人の記憶に頼っているとか、不足点を挙げることは簡単だが、そうしたデータの制約の下では、可能な限り厳密な統計的推定・検定を行っていると思う。GoToトラベルが感染症を拡大する方向に働いたことを示唆する重要な結果が得られている。菅首相の会見から伺えるよりも、もう少し真剣な検証が政府側でも行われるのが望ましいと考える。
もう一歩進んで考えると、GoToトラベルに参加する人が感染する確率が高くなるかどうかを見るだけでなく、GoToトラベルの参加者が増えることによって、旅行先で参加者以外の人達に感染が拡がっていく可能性も検証することも重要である。また、旅行から帰ってきてから接触した人達に感染を広げてしまう例もあるだろう。参加者の中の感染者が340人だったとしても、こうした参加者から感染した人の人数はどれくらいになったのか?GoToトラベルが健康にもたらした害悪はこうしたものをすべて含めて計算して、それを地方経済への貢献に比べなければならない。
こうしたすべての害悪を足し合わせても、地方経済への貢献に比べれば小さいという結果が出たとしても、まだGoToトラベルが良い政策だったとは必ずしも言えない。それを、他の地方経済振興政策と比べて、費用対効果が優れている、少なくとも同等である、ということが言えなければならないからである。たとえば、GoToで使われた補助金を直接ホテルなどに(宿泊客の実績に応じて?)配分していたらどうなっていたであろうか?