今日からAmerican Economic Associationを含むAllied Social Science AssociationsのAnnual Meetingが始まった。友人に会えないのは残念で、その意味でMeetingの価値は半減する(もっとかな?)と思われるが、自宅を離れずにMeetingに参加できるのは便利である。と言っても、アメリカ東海岸の午前10時(日本では午前零時)に始まるので、午後3時45分から始まるセッションだけ参加することにした。それ以外は、録画が公開されるので、興味があるものがあれば録画で見ようと思う。
今日は、3時45分からのセッションで “The Economic Impact and Policy Response to the Pandemic” というパネルディスカッションを見た。新型コロナ感染症が経済に与えた影響と政策対応について、Jan Eberly の司会で、Raj Chetty, Ben Bernanke, Christina Romer, Caroline Hoxby という経済理論にも経済政策にも精通した経済学者たちが論じた。
Raj Chettyは、彼が中心とした、クレジットカード会社など民間のデータをプライバシーを隠す程度だが細かな経済分析に耐えられるようなところまで集計して、それを公表するというプロジェクトのデータを使った分析を中心に報告した。HarvardのOpportunity Insightsという組織のプロジェクトらしく、データはそのサイトで誰でも使えるようになっている。とても便利である。日本についてもこのようなデータがあれば、よりよい経済政策決定のために有用だと思う。たとえば、今週一都三県に出されるらしい新たな緊急事態宣言についても、昨年の緊急対策のどのようなものが効果的だったかを確認してから、新しい政策を作ることができるだろう。
Chettyはこのデータベースを使って、低賃金の労働者ほど職を失ったとか、外出規制それ自体は人々の行動に影響を与えなかったとかいうことを発見した。特に興味深かったのは、雇用を維持する中小企業に財政的支援を与えた Paycheck Protection Program の影響の分析である。日本の雇用調整助成金に似た制度である。プログラムの対象になった中小企業とそうでない中小企業を比べて、政策が雇用を守った効果はプラスであるもののごくわずかだということがわかった。そのために使われた財政資金は巨額だったので、結局労働者1人の雇用を守るために45万ドル(約4,600万円)が使われたことになるという。
Bernankeは、コロナ禍による経済危機への Federal Reserve Bank (FRB、アメリカの中央銀行)の対応について話した。2020年3月に起こった特に債券市場での危機に、FRBが最後の貸し手としての役割を果たすなど市場の安定化に貢献したと論じた。その際、10年ほど前の世界金融危機で学んだことが役に立ったという。金融市場を安定化するために、FRBは世界金融危機時に導入したのと同じような資金供給の仕組みを作って対応した。ただし、課題も明らかになった。前回の危機時にも問題になったMoney Market Mutual Fundsなどが今回も問題になり、これは世界金融危機後の改革が不十分だったことを示すという。
また、今回 FRB は前回同様かそれ以上に、FRB法Section 13c を使った貸出(日本銀行法第38条のいわゆる日銀特融にあたると考えてよい)によって、対応にあたった。これは、世界金融危機時にFRBの資金供給がモラルハザードを助長した可能性があるとして、その問題を軽減するように、Dodd-Frank法で制限しようとした政策である。しかし、多くの論者が予想したように、Dodd-Frankでも許された Financial Utilities への貸出という形で Section 13c 貸出が使われただけではなく、CARES Act (Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security Act)によって、結局 Dodd-Frank 法の制限は取り払われると同じ形になった。この大きな危機に対応するには妥当な対応だったと思うが、将来のモラル・ハザードの問題は残ったと言わざるを得ない。今後、Section 13c 貸出の範囲・条件をどのようにしていくか、という議論がまた起こってくるだろう。
BernankeはFRBの金融政策についても論じ、特にFRBが2020年8月に導入した新しい金融政策の枠組み(平均インフレーション・ターゲット)を高く評価した。
Christina Romer は、コロナ禍での財政政策について語った。アメリカでも日本同様、金額で見れば日本以上の財政発動でコロナ感染症に対応しようとした。Romer は、普通の不況時の財政政策同様、政策の費用対効果、直接影響を受けた分野・人々に財政的支援が届いているか、長期的な(悪)影響は、などの観点から評価しなければならないのに加えて、コロナ感染症による経済後退に特有の視点も必要だと論じた。それは、財政刺激策が感染症の蔓延に与える影響を考えなければならないこと、被害は特定の人達に集中する傾向があるので一般的な経済刺激策では不十分なこと、そしてことが命に関わるために財政政策の公平性が特に重要になる、ということである。感染症を恐れて人々が旅行を控えて経済が後退するのは当然なので、その時に旅行などを奨励するような財政支出を行えばかえって感染症を蔓延させる結果になるというのが、感染症に対する影響を考えるのが重要だということの例として挙げられた。日本の Go To のことを言ったわけではないと思うが。
これらの観点から、Romerは4つの財政政策を評価した。第一は、Recovery Rebate Credit、日本の特別定額給付金とほぼ同じ政策である。一人当たり$1,200(約12万5千円)が配られた。日本より少し金額が多いが、コロナ不況の影響を受けた人達に限らず、全ての人に配られたので、効果が小さかったと言う。大半が貯蓄か耐久消費財の購入(これも広い意味では貯蓄)にあてられ、消費を増やす効果は限定的だったという。こうした給付金は年末に決定された新たな財政パッケージにも入っているのは残念だと語った。
第二は失業保険の増額。これは、狙った人達に届いたのはもちろん、もらった人達は必要な消費に使ったので、効果も上がったとする。ただし、公平性の観点からは、感染症の危険を冒しても働き続けない人々(流通業、小売業など)を考えると問題があったのではないかという。
第三は州や市町村への財政支援。これは、費用対効果がもっとも良かったものだった。
最後は、Paycheck Protection Program。雇用調整助成金のアメリカ版であるが、アメリカでは新しいもので、日本の逆の極端で、雇用を守るという考えがそもそも薄いアメリカでは、その狙いは評価できるとした。しかし、Chettyが示したように費用対効果はよくなく、さらに将来ゾンビ企業をもたらす可能性もあると指摘した。
Caroline Hoxbyは、コロナ禍、休校などによって失われた教育機会とそれが人的資本に与える影響について論じた。過去のスペイン風邪による教育機会の喪失の影響の研究などから見ると、小中高のレベルでの長期的影響は少ないと言う。それは、主に、長期的には、失われた教育の機会を取り戻すことができるからである。しかし、大学になると少し違う可能性がある。Hoxbyは、アメリカについて言えば、問題はResidential Collegeなどで、個々の学生に焦点をあてたきめ細かい教育を行っている大学で一番大きくなると言う。トップの総合大学では、そもそも自力で成長して行ける学生が多いうえに、オンライン教育への対応も早かった。また、誰でも入れるようなコミュニティ・カレッジや利益追求型の私立大学では、そもそも多くの授業がオンライン化されていた。したがって、問題はその間にある大学で現れるだろうというのである。この点、日本の大学では、そのようなきめ細かな全人的教育を行っている大学がそもそも少ないので、コロナの影響も大きくない、という皮肉な状況なのかも知れない。
最後に、Hoxbyは、休校などの影響は、休校によって家庭にいることになった子供たちの世話をするために、親、特に母親が、自分のキャリアを伸ばしたり人的資本を蓄積するのが難しくなるという形で、より大きく表れてくるだろうと指摘した。日本でも起こっているだろう状況で、たいへん重要な指摘である。この観点から、今週発出されると予想される緊急事態宣言で休校の要請がなされなさそうなのは良いことなんだろう。