アメリカ経済学会のセッションから(その2)

2021年1月5日

正確に言うと、今日はアメリカファイナンス学会(American Finance Association)のセッションである。今年のAFA Lectureとして、Daron Acemogluが「Tasks, Automation, and the Labor Market」というタイトルで話した。この数年 Pascual Restrepo と一緒に行ってきた研究を中心に、技術進歩と機械化が労働者の賃金に与える影響について、経済理論・実証の両面から論じた。この分野の考察の動機になっているのは、アメリカをはじめとして日本を含む多くの先進国に見られる、労働所得が総所得に占める割合がここ20年から30年にわたって低下してきたという現象である。さらに、これに関連して、特にアメリカでは、教育水準の低い労働者の賃金が実質で見て低下して、所得格差の拡大の大きな原因になっているということがある。政策的に重要な分野である。

この問題を考えるにあたって、Acemogluは、労働と資本(機会)を組み合わせって生産物が作られるという通常の生産関数を書き換えるところから始める。簡単に言うと、生産物が作られるためには様々な工程(Task)が必要で、それぞれのTaskでは違った労働と資本の組み合わせが要求される。簡単化のために、労働に加えて資本が使える工程と労働しか使えない工程の二通りに分けられると仮定される。このような生産関数は、工程を中間生産物と考えても良い。数学を見たい人は、AcemogluとRestrepoの論文のどれかにあるだろうから見てほしい。

この定式化のもとで、技術進歩は次の二つのことが起こるものとする。一つは、いままで労働しか使えなかった工程で機械が使えるようになる。人間がやっていた工程にロボットを導入して人間は(少ない人数で)ロボットを監視していればよい、というような設定である。これが機械化ということである。

もう一つは、労働しか使えない新しい工程が加わって、生産量を増やす。これはたぶんいろいろな場合を含んでいるだろう。たとえば、新しい会社経営のやり方とか、いままでなかったようなサービスの提供とか(リモートの飲み屋とかそうかもしれない)だろう。

このモデルを使って、技術進歩がある時に、労働の所得シェアがどうなるかということは、技術革新の二つの要素のうちどちらが強いかに依存してくる。機械化はいままで労働だけでやっていたところに機械が導入されるので労働の取り分が減る。一方、新しく加わる工程は人間しかやれないから、その分労働の取り分は増える。したがって、技術進歩が労働の所得シェアに与える影響は、機械化と新工程の導入のどちらがより大きいかに依存することになる。

Acemoglu達は、この理論に念頭に、アメリカ(細かい地域レベル)とフランス(企業レベル)のデータを見て、機械化が進んだところほど地域での雇用が減って賃金が減少したことを発見した。また、企業レベルでは、機械化を導入した企業それ自体は雇用を増やすが、その競争相手で機械化をしなかった企業の雇用が著しく減ったという。

しかし、機械化はここ20年や30年のことではなく、それ以前から進んでいた。最近になって機械化が労働の所得シェアの低下をもたらすようになったのはなぜだろうか?Acemogluによれば、それは新しく導入される新工程の数が減ってしまったことだという。機械化によって人間が機会に置き換わるだけで、人間への新しい需要は増えないのである。このことを調べるために、新工程の導入を新しい職分類があらわれることで測ると、実際新工程の導入速度が鈍くなったことが見て取れるという。

Acemogluは、技術進歩は、機械化が新工程を伴うような良い技術進歩と、新工程を伴わない機械化だけの悪い技術進歩に区別できると論じた。その上で、社会は良い技術進歩を奨励して、悪い技術進歩を起こりにくくするようなこともできると言う。一例としてあげたのは税制である。ここ20年、30年のアメリカの税制は、資本所得課税率が労働所得課税率にくらべて著しく低くなってきたと指摘し、その点を是正していくところから始めるべきだと論じた。

複雑でないモデルを使って、新しい、しかも実証的にも説得的な視点を提供している。ただし、これが日本に当てはまるかどうかは、明らかではない。アメリカで労働の所得シェアが特に減少しているのは、機械化が進んだ製造業だが、深尾京司らの研究によると日本で労働の所得シェアが低下したのは、知識集約的でないサービス業だという。そこでは、あまり機械化は進んでいないと思われる。

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