2021年1月7日
昨日は学会最後の日。Lectureでもパネルでもなく、普通のセッションに参加した。2時間で4本の論文が発表され、それぞれ1人ずつ討論者が付くので、たいへん忙しい。ぼくが見たのは、「The Monetary-Fiscal Nexus with Ultra Low Interest Rates」という超低金利のもとでの金融政策と財政政策の関連についての論文を集めたセッションである。ニューヨーク連銀のJohn Williamsが司会をして、Chris Sims、Marco BassetteとTom Sargent、Ricardo Ries、Benoit Mojon達による4つの論文が発表された。
どの論文も、金利が低い状態で、金融政策と財政政策がどのように関連するかを考えている。金利が低くなってきて、ゼロ金利の制約が効くようになってくると、短期利子率を操作する伝統的な金融政策は効果を持たなくなり、代わりに財政支出を増やしたり減税をしたりといった伝統的な財政政策の効果は大きくなる。そこで、世界中の中央銀行は、国債や他の資産を買ってバランスシートを拡大するなどの非伝統的金融政策を導入するようになり、政府も財政政策を拡張して国債を増発してきた。金利が特に低くなって成長率を下回るようになると、金利支払いを除いた財政バランス、いわゆる基礎的財政収支がゼロならば、国債はGDP比で低下するので、現在の国債・GDP比が高くても全く心配いらない。したがって、(実質)金利が(実質)成長率が下回っている状態では、国債の増加を気にせずに、財政を拡張すべきである。
この議論をもっと精密な議論で展開したのが、(我が恩師でもある)Olivier Blanchardが2年前のアメリカ経済学会で行った講演で、それをもとにした論文がAmerican Economic Reviewに収められている。Blanchardはこのような視点から日本の財政状態をみた論文を日経の経済教室(2019年10月7日)に田代毅氏と共著で寄稿している。ちなみに、その翌日(2019年10月8日)の経済教室は、ぼくが同じテーマで寄稿していて、利子率が成長率より小さい時、基礎的財政収支赤字がそれほど大きくなければ問題はないが、長期的に維持できる赤字の幅にはやはり限界があることを指摘している。
Blanchardの指摘をさらに極端にしたものが、MMT(Modern Monetary Theory)の議論だと言える。その議論を一言で言ってしまえば、財政支出の増加は、税収の増加を伴わなくても、国債を発行し、最終的にはそれを貨幣と交換すれば良いので、どのように大きい財政赤字も税収を増やすことなくファイナンスできるというものだろう。
このセッションで発表された論文は、Mojon達の論文を除けば、どれもこの議論に関連して、金利が定常状態で成長率を下回るような状況がどのように起こるのかを理論的に示して、そのような状態の下でも大きな財政赤字を続けることはできない、ということを示している。結論は、ぼくが経済教室で言おうとしたことと一緒だが、ずっと精緻な議論でそれを確かめている。
Simsは、FTPL(Fiscal Theory of Price Level)で数年前に日本でも有名になったから経済学者でなくとも名前を聞いた人が多いかも知れない。彼の論文は、国債が貨幣と同じで取引に使えるというモデルを考える。取引に使えて便利なのでそのぶん収益率(=利子率)が低くても人々は満足するといういわゆるConvenience Yieldが発生する。そのため、国債の利子率が経済の成長率(この簡単なモデルでは人々の主観的割引率)よりも低くなる状態が発生する。この時、政府は低い利子率でいくらでも国債を発行できるように見えるが、そうではない。細かい部分は数式なしで説明するのは厄介なので結論だけ言うと、国債の実質価値(名目価値を価格水準で割ったもの)が、将来の財政赤字からこのConvenience Yield(利子率と割引率の差)で得する部分(これをSimsはSeinorageとよぶ)を引いたものを主観的割引率で割り引いた現在価値に等しくなるように価格水準が決定されるというFTPLの式が導出される。この意味で、たとえ利子率が割引率を下回ったとしても、政府は国債を発行することによっていくらでも政府支出を増やしていくということはできない。政府支出が増えた時に将来の税収を増やさなければ、その分(FTPLによって)価格水準が低下すること(デフレ)が必要になるからである。
BasettoとSargentは違ったモデルを使って、利子率が成長率より低いなら国債をどんどん発行してよいという議論の問題点を指摘する。彼らのモデルは、経済に今期資金を借りて来期返したい人達(借手)と今期資金を貸して来期返済してもらいたい人達(貸手)の二通りがいるが、金融市場が完全でないために、直接の貸し借りが難しい場合を考える。この時、政府は国債を売って得た資金を民間に給付するという形で、貸し借りが可能な状態を作り出すことができる。このような理由で利子率が成長率よりも低い状態が起こったとしても、国債をただ増やせばよいというわけではないことが示される。詳しくは立ち入らないが、国債の量を増やす時に、借手は喜ぶが、貸手は喜ばないという状況が出てきてしまう。
Riesは、利子率が成長率を下回るだけでなく、資本の限界生産性が成長率を上回る状態を考える。Simsと同じように、資本の限界生産性で割り引くことによって、利子率が成長率を下回る場合でも、政府の財政には制約があることを示す。モデルは、政府の国債が安全資産であることによって、Convenience Yieldが生じて利子率が成長率を下回り、企業の資金制約によって資本の限界生産性が成長率を上回る状況を想定する。このモデルを使って、様々な財政政策の影響を考えている。ここで詳しく考える余裕はないが、たいへん面白い論文だと思う。
Mojon達の論文は、他の論文と同じように、利子率が低い状況を考えるが、少し違った視点で議論が進められる。標準的なマクロのモデルに、国債を買うことによって中央銀行のバランスシートを膨らませる非伝統的金融政策や、財政政策ルールなどを導入して、利子率が低い状況でのそれぞれの政策の効果を計算している。利子率が低い状況では、ゼロ金利の制約が効いてくることが多くなり、伝統的な金利を使った金融政策の効果が下がること、そのような状況でバランスシートを拡張する非伝統的金融政策は有効であるだけでなく国債市場を安定させる効果も持つこと、国債の水準が上昇することをあまりにも警戒して財政政策を運用すると経済状態だけでなく国債市場の安定にも悪影響を及ぼすこと、拡張的な財政政策とバランスシート拡張政策を組み合わせることがゼロ金利の制約が効いている時には重要であることなどが示される。意外な結論はないが、一つのモデルで、低金利下での財政政策と金融政策の相互作用を論じていて、よくできた論文だと思った。