総需要政策とゾンビ対策

2021年5月18日

経済の新陳代謝とゾンビ問題に関する経済教室の最後の回は、昨日のJoe Gagnonによる論考だった。日本経済はいまだに不完全雇用にあり、ゾンビを退出させるよりも、景気を刺激する総需要政策によって雇用を回復させる方が先決だと論じる。「業績不振のゾンビ企業で働く方が失業するよりましだ」と論じる。

需要不足による経済の低迷の方が、ゾンビ問題による潜在成長率の押し下げ効果よりも重要だという指摘は、少なくとも1990年代後半から2000年代前半に、日本についてゾンビ問題が初めて論じられた頃については、正しいと思う。経済は全体的にデフレの状態であったから、供給力の低下よりも需要不足の方がより問題だったというのは、説得的である。しかし、それはゾンビ問題を解決するより、需要を刺激する方が先だ、という議論にはならない。なぜなら、需要不足を解消する総需要政策とゾンビの退出を妨げないような構造政策は、二者択一ではないからである。このような状態での正しい政策は、需要不足を解消する拡張的なマクロ経済政策とゾンビ問題を解決する構造改革を同時に行うことである。

二者択一の議論は、90年代後半の日本でもあった。不良債権処理を進めるか、リフレ政策をとるか、という議論で、両方やるべきだというと、リフレ派の人達からも構造改革派の人達からも批判されたりした。あの時の不毛な議論を繰り返すべきではないと思う。

現在の日本経済がいまだに不完全雇用にあるとする点は、全体的にはいまだに人手不足であることを考えると説得的ではない。この論拠としてGagnon氏が示すのは、25歳から54歳の男性の就業率であり、これは90年後半から低下したままで、いまだに80年代の水準には戻っていない。しかし、このこと自体、90年代にゾンビ企業を守り、そこで働く人たちの雇用を守ったことの結果によるところがある。東大の同僚の玄田有史教授が『ジョブ・クリエイション』(2004年)などで示したように、90年代半ばの景気低迷期に、日本企業の多くが中年以上の男性正社員の雇用を守ろうとした結果として、若者の雇用機会が減った。キャリアの始まりにうまく就職できなかった当時の世代は、その後も就職に苦労し続ける状態が続き、いわゆる就職氷河期世代が生まれてしまった。

Gagnon氏は、彼の同僚のBlanchard氏とPosen氏が提示した、賃金水準を引き上げる政策を推奨する。ぼくも賛成である。 「業績不振のゾンビ企業で働く方が失業するよりましだ。」これも正しい。しかし、やりがいのある仕事に移ることができる方がもっと良い。そのために、経済の新陳代謝を妨げるような政策はやめて、しかし経済全体の需要を刺激すべき時は拡張的マクロ政策を行い(ただしこれはコロナ感染症の蔓延を抑えなければならない時は適切ではない)、労働者がゾンビ企業から健全な企業に移れるような環境を整えていくのが良いという点では、みんな同意できるのではないかと思う。

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