新型コロナウイルス関連倒産

2020年8月4日

昨日NHKのニュースを見ていたら、新型コロナの影響による倒産が406社に上ったという報道があった。帝国データバンクの調査によるとのことだった。どの倒産をコロナ関連とみるかについては、判断が分かれる例もあるが、数だけを比べると、帝国データバンクの数字(8月3日現在406社)も東京商工リサーチの数字(8月3日現在385件)も大きく違わない。

この400件という数字は大きいのか小さいのか?400件もすでに倒産があるのかと思う人もいれば、これだけ経済状態が悪化しているのにまだ400件で済んでいるのかと思う人もいるだろう。日頃から倒産件数などに関心を持っている人達の多くは、半年で400件という数字は小さいと思う人が多いだろう。ここ数年、1年で8,000件以上の倒産があったからである。しかも、この8,000件というのも10年前、20年前に比べれば半分程度である。

帝国データバンクの2020年上半期の倒産集計を見ると、倒産件数は4,000件を切る状態で前年同期比で1.4%の減少になっている。また負債総額は6,317億円で前年同期比で15.9%減少、2000年以降最小を記録している。東京商工リサーチの2020年上半期の数字もほぼ同じような推移を示している。件数は4,001件と前年同期比で0.2%増加しているものの、負債総額は6,571億円で前年同期比で13.7%の減少になっている。

政府の経済対策が功を奏して破綻を防いでいるということだろうが、コロナ以前に比べても倒産が減っているというのは、経済の新陳代謝のプロセスが止まっているということであり、これをどのようにして正常化していくかが課題になってくるだろう。

最低賃金額改定の目安

2020年8月2日

7月22日に、中央最低賃金審議会の答申が発表されたが、今年度は最低賃金の「引上げ額の目安を示すことは困難」と結論付けた。その資料の一つを読むと、労働者側委員は「今回のコロナ禍の中、最低賃金を改定しないことは社会不安を増大させ格差を是認することと同義」として、最低賃金の引上げの必要性を訴えたが、使用者側委員は「コロナ禍によって、日本経済はこれまでに経験したことのない危機的な状況に直面しており、緊急事態宣言や休業要請等は大規模な需要喪失と幅広い業種や地域に影響をもたらし、宣言解除後も以前の状況に戻っていない」として、雇用維持のために最低賃金は据え置くべきだと論じた。両者が真っ向から対立し、結局は目安を定めることができなかった。

経済学者から見て不思議に思うのは、使用者側だけでなく、労働者側も、さらには中立の公益委員も、最低賃金の引上げが雇用維持に悪影響を及ぼす、と仮定している点である。これは、労働市場が完全競争的で、労働の限界生産物に等しいだけの賃金を払わなければならない状態になっているなら、成り立つ議論であるが、現代の経済学では労働市場がこのような完全競争的なものではないと考える方が主流ではないかと思う。

実証的にも最低賃金の引上げが雇用全般に与える影響はほとんどゼロに近いという結果がほとんどである。たとえば、Doruk Cengiz, Arindrajit Dube, Attila Lindner, Ben Zippererによる2019年に Quarterly Journal of Economics 出版された論文は、Current Population Survey というアメリカの個人レベルのデータから、州別、25セント幅の賃金グループ別の雇用の四半期データを構築して、州の最低賃金の引上げ前後で、最低賃金以下の雇用がどれくらい減って、最低賃金を少し超える賃金の雇用がどれくらい増えたかを見ることによって、最低賃金の引上げが雇用に及ぼす影響を推定している。非常に注意深い分析で、現状では最も信頼できる結果ではないかと思われる。この論文によれば、最低賃金の引上げ後5年間、この最低賃金近傍の雇用の変化はほぼゼロだったという。すなわち、最低賃金の引上げによって影響を受けそうなグループの雇用は影響を受けなかったということである。

一つ興味深いのは、賃金レベルでグループ別を行わない州レベルのパネル・データを使った分析との比較である。そのような分析では、州の固定効果と時間の固定効果をコントロールした上で、最低賃金の引上げを行った州はそれを行わない州に比べて雇用水準が低い傾向を見出すが、Cengiz等の論文は、その結果が賃金水準の高いグループの違いによることを発見している。しかも、この効果は(2000年代に)最低賃金の引上げを行った州はそうでない州に比べて1990年―1991年の不況期の雇用水準の落ち込みが大きかった結果だということも発見している。データを1993年以降に限ると、この結果は見られなくなる。

もちろん、Cengiz等の論文はアメリカのデータを使ったものであり、日本には当てはまらない可能性を指摘する人もいるだろう。日本では、賃金レベルでグループ分けした分析はおろか、都道府県のパネルデータを使った分析も少ない。その多くは、(賃金レベルには密接に関連していない)あるグループの雇用(たとえばある特定の年齢層の女性)が失われるという結果を得るものがあるが、最低賃金の近くの全体の雇用がどう変わるかという分析はないように見受けられる。

中長期の経済財政に関する試算

2020年8月1日

日経の記事が報じたように、昨日の経済財政諮問会議で内閣府の中長期の経済財政に関する試算が発表された。新型コロナウイルス感染症による経済状態の悪化や財政出動の結果として、「財政黒字化一段と遠のく」と報道されている。だが、新型コロナウイルス感染症による財政の悪化を強調するのは問題がある。日本の財政は、コロナの前からすでに大きな問題を抱えていたからである。

日本の財政の問題は構造的なものがあり、その解決は長期的に図られるべきものである。コロナで悪化した部分はそれほど大きいわけではない。コロナで悪化した部分を早急に増税などで解決しようとしても、それは根本的な解決にならないだけでなく、景気の回復を遅らせてしまう可能性もある。重要なのは、コロナショックによる財政への影響に過度に反応することなく、コロナ以前から必要だった長期的な財政の健全化を実現することである。

内閣府の経済財政に関する試算は、ここ数年は毎年2回公表されていて、内閣府のウェブサイトは2002年まで遡って過去の試算も掲載している。そこの数字を使って、今回の試算が過去のものからどれくらい変わったかをみてみよう。

まず、次の図は日経の記事と基本的に同じ図で、7月の試算によるプライマリーバランスの経路を1月の試算と比べている。日経の記事では、GDP比を見ているが、ここでは名目値を見ている。どちらを見てもそのトレンドに大きな違いはない。

試算のためのシナリオとして、成長率が名目で3~5パーセントで上昇していくと仮定する成長実現ケースと、名目成長率が1~1.5パーセント程度にとどまると仮定するベースラインケースの二つがあるが、日経の記事が見出しで注目しているのは、成長実現ケースである。1月試算では2027年度に黒字化するはずだったのが、7月試算では2029年度に遠のいたというわけだ。

しかし、ベースラインケースでは、1月試算でもそもそも黒字化は見込まれていなかった。7月試算は、赤字幅が大きくなったのはあるが、長期的な黒字化が見通せないという意味では変わっていない。ベースラインと成長実現のどちらが現実的かと考えると、少なくとも今まではベースラインの方が成長実現シナリオよりもずっと現実に近かった。したがって、ベースラインの数字を使って議論する方が現実的だろう。

ベースラインケースの数字を見ると、日本の財政の問題はもともとあって、それがコロナショックで悪化した部分は大きくことがわかる。次の図は、過去のいくつかの試算によるプライマリーバランスの予測値を比べたものである。すべてベースラインケースの名目値で見ている。

2020年度のプライマリーバランスは確かに大幅に減少するが、2021年度からの減少幅はそれほど大きくない。しかも、この差の主な部分はGDPの変動に財政収支が反応する循環的なものだと思われる。1年限りの財政の悪化は長期的に解決されれば良いので、コロナショックは長期的な財政の維持可能性にそれほど影響を与えないと言える。さらに、2019年7月の試算と比べると2020年7月の試算は赤字幅が大きくなっているが、2016年7月に予想されていた額に比べるとそれほど大きくはない。2014年7月の予測と比べると、2023年度の基礎的財政赤字は、2020年7月の試算でもほぼ同じである。

2020年7月の試算が、過去に比べてそれほど大きい財政問題を示唆するものではないということは、国債残高の予測値を比べてみてもわかる。次の図に示すように、2020年7月の試算は去年のそれよりも悪くなっているが、2014年に予測されていたのとほぼ同じである。

日本の財政の問題は、コロナショックで始まったわけではない。以前からある問題で、解決されなければならない問題である。ただし、その解決は急に増税とかで行う必要はない。必要なのは、長期的に構造的な財政赤字を小さくすることである。本当は、コロナショックの前にやっておくべきであったが、それが実現される前に大きなショックがきてしまった。長期的に赤字を減らすことはいまも重要である。ただ、現状の赤字の増加に過敏に反応して、赤字削減を急いではならない。